おとなたけちゃん

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感想文 家畜人ヤプー 第三巻 沼正三 著

やっと第三巻読了しました。

 

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基本、読書は通勤の電車の中なのですが、ついついツイッターのタイムラインを追っていると、本を読む時間が無くなってしまうのです。。

 さて、第三巻は今までと毛色が変わり、SMよりもSF色が強くなっています。糞便や嘔吐物が出てくるシーンは出てきますが、排泄シーンと結びついているわけではなく、また、鞭打ちのような懲罰シーンが出てくるわけでもなく、SMシーンはほとんどありません。

 

え?天照大神がアンナ・テラス?

第三巻で一番の目玉は、日本神話と英国人由来のイース人の関り合いです。

イース人は時空を自由に飛び回りますので、神話時代の日本にも現れています。

神話時代の日本に現れたイース人の名前は「アンナ・テラス」これだけ聞くとなるほど英国人にいそうな名前です。アンナは古代日本の歴史に鑑賞します。古代日本人は未来の科学技術を持った彼女を神として崇め、その名を「アマテラス」と呼びます。

これが、「天照大神」となって伝承されます。

 

また、アンナ・テラスは原ヤプーであるサナミーとサナギーを古代日本(ヤプン列島)に放します。これは、後に「イザナギ」「イザナミ」と言われるようになります。

 

一事が万事こんな感じで、天狗の猿田彦は鼻に男性器を移植されたサルド・ヒック。

カッパは水上移動用に改造されたヤプーで、開発番号Κ(ギリシャ文字のΚ)から来ているとか、一つづつ理由付けされています。

実は第三巻以降は、執筆時期が20年ぐらい後で、1980年代らしいのです。この為、第二巻までは核戦争が身近な存在だった冷戦時代が色濃く背景にあったのに対して、第三巻では日本の貿易黒字の増加、それに対するジャパン・バッシングが揶揄的に書かれています。

 

SF小説のパロディ

全体の底流は、依然としてガリバー旅行記で、今度は天空島ラピュタが出てくるのですが、1980年代になるとその他にもたくさんのSF小説が出てきます。そこここにそんなSF小説をモチーフ、あるいはパロディにしたようなシーンが見られます。

ただ、いわゆるSF小説では、未来人の過去への干渉は、パラレルワールドを生み出してしまうとして、タブーとされているのに対して、家畜人ヤプーではそんなタブーを無視して、イース人アンナ・テラスは古代日本に鑑賞しまくります。未来世界のヤプーを日本人の始祖である伊邪那美命、伊弉諾尊にしまいます。現代日本人である麟一郎にとっては、自分がヤプーの先祖であるのか子孫であるのか分からなくなってしまうのです。

傍観者麟一郎

第三巻では麟一郎はほとんど登場しません。クララと精神的繋がりにより同じ風景を見ることの出来る装置により、ずっとクララと同じ景色を映像として見せられているのです。そして、この過程の中で、麟一郎はクララを主人として崇拝するように精神構造の変化をきたすように仕向けられています。

この効果は恐らく第四巻以降で発揮されすことでしょう。

 

 日本神話への知識、SF小説の知識、聖公会の知識

 取材の効果といえばそれまでですが、古事記・日本書紀の細かい記述のトレース、1970年代あたりに刊行されたSF小説をモチーフとした記述。そして、聖公会のしきたりに関する記述の正確さについては、舌を巻きます。相当調査したか、もともと知識として知っていたのか、いづれにせよ博識です。こちらもついて行くためにはそれなりの知識のバックボーンを要求されることもあるので、それが本書のハードルを高くしているのかもしれません。

 

 白人へのコンプレックス

 本小説全体の主題では有りますが、猛烈なまでの白人へのコンプレックスは健在です。白人にあらざれば人にあらず。この考え方は、やはりナチス的なものを想起させます。また、白人の便宜のためには無償の死を厭わないヤプーの行動様式は、戦時中の全体主義的な思想も垣間見せます。

このへんは、やはり戦中戦後の日本人の心の中を推し量りながらでないと、理解できない部分が多いです。

 

全編を通しては、「SM文学の頂点」と言われることも有る本書ですが、第三巻はSM色は殆ど無く、ちょっと変わったSF小説でした。

 

 

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