おとなのお遊び

18禁と女装の話

やっぱり鞭が好き ①今までの性癖遍歴

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今までイベントレポなどを書いていましたが、そもそも僕がこういう性癖になった経緯を語るためには避けて通れない話を書こうと思います。

鞭

痛みを求めるようになった経緯

少年時代から15年前ぐらいまで

僕は今では鞭で与えられる痛みを求めるマゾヒストですが、ストレートにここに至ったわけではありません。

中学高校で性に目覚めてから10年前ぐらいまで、SMに興味はありましたが、小説やAVを通じて眺めるものでした。ただ、今になって今の性癖が現れていたなと思うのは、こういうコンテンツを楽しむ時、必ず「虐められる女性」に対して感情移入して見ていた事です。一本鞭で叩かれて傷だらけで泣き叫ぶ女性をみて、自分がその立場になりたいと思い続けていました。

15年前ぐらいから10年ぐらいまで

15年前に単身赴任をするようになって、変態行為を自分でやる事ができるようになりました。この頃は、SMに興味がありつつ、寒さに身を晒すことが好きでした。幸い単身赴任先が青梅だったため、冬の多摩川で泳いだりしていました。その時の嗜好が現在の冬の滝行好きに結びついています。

その後は台湾に単身赴任しました。台湾では公営の屋外プールが冬も営業しており、真冬は12℃ぐらいの水温の中で泳ぐことが出来たので、寒冷フェチを満足することが出来ました。ところが、台湾の公営プールではボクサーパンツ形かブーメラン形の競泳パンツしか認められなかったので、はじめは仕方なくですが、小さめのブーメランパンツで泳ぐようになりました。ところが慣れるにつれ、この小さい水着で泳ぐのが気持ちよく感じるようになりました。

夏の台湾は非常に熱く、4月から10月は海でも泳ぐことも出来ました。そこではもっと小さいTバックのパンツで泳いでいました。

ここで、身体を外気に晒す、ヌーディズムの快感に目覚めました。

10年前から3年前ぐらいまで

日本に帰ってきてからは、野外露出したくてもする場所はあまりありませんでした。日本で野外露出する同好者は、野外ハッテン場に集うゲイの人がメインでした。この頃は2000年と2006年に夢の島でゲイをターゲットとした殺人事件と傷害事件があったにも関わらず、まだ週末の夜になると夢の島にはゲイの人が集まり、全裸や褌姿でで徘徊する人もたくさんいました。このようなところで露出欲を満たすとともに、場所が場所ですので、男同士での行為にも及んでいたこともあります。また、野外で、自分の身体に蝋燭を垂らした事もあります。

上野や横浜の野毛にある映画館や、ゲイ向けのサウナに行き、見せつけ行為や、男性同士の行為を繰り返していました。(当時は映画館内で全裸になることも結構可能でした)

3年前から最近にかけて

台湾で極小水着で泳いでいた頃、自分の姿を写真に撮り、FC2ブログに投稿していました(現在は既に閉鎖し、データも削除しています)

そこで知り合った、やはり極小水着で野外を徘徊する嗜好をもつ方(男性です)と多摩川の河原や夢の島で撮影し合うことを何回かしました。

この頃には、少年時代に持っていた、痛めつけられ虐められたいという願望も再び大きくなり、この方に頼んで、多摩川の河原で鞭で打ってもらって動画を撮ったりしていました。

その時に撮った動画を、Vine経由でTwiterに上げていたら、男性を鞭で打つことが好きな女性から、「自分が開催している鞭のイベントで鞭打ってみたいです」とお誘いを受け、鞭イベントでの打たれ手として参加するようになりました。

鞭会からSMクラスタへ参加

鞭会には鞭が好きな人の他に、色々なSM系の性癖を持つ人が集まっていました。緊縛が好きな人は勿論のこと、ハイヒールで踏まれるのが好きな人や、顔面騎乗と言って、顔の上に座ってもらうほとが好きな人、首を締められるのが好きな人、色々です。

中には、SMバーやSMクラブで勤めている人や、イベントでショーをやっている人も参加したりしていました。

そういった方と、主にTwitterを通じて知り合うようになるにつれ、色々なイベントやストリップショーを見に行くようになったという次第です。

今となっては、鞭打たれ好きなマゾヒストという立場は自分の本来の姿に一番近いと思っています。

以上で前編はおわりです。後編で鞭会とはどのようなものか、どんなことをしているかをご紹介します。 

 

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